本日の一曲No206:瀬戸内少年野球団

連帯責任って、死語ですか?・・・

息子が野球をやっていたこともあり、
今の時期、高校野球の記事がどうしても目に留まります。

先日の野球部員の事件について、
いろんな見解があるようですが、
スポーツや部活動というのは、
いったい何の目的を持ってするものなのでしょう。
 
嫌でも必ず入らなければならない場合は別として、
自分から、所属を選択する場合、目標はあるはずです。

野球の場合、甲子園という舞台は、
確かに目指すべき目標でありますが、
最終目的になってはいけないと思います。
(息子の部活の名誉顧問の先生のお言葉でもあります)

あくまでも、自分を高めるための手段の一つ、
という考え方、私は好きです。

本来、輝かしい夢舞台のはずの甲子園。
いつも、直前になって、事件が起こると、
出場するのか、辞退するのかと言う話がでますが、
私個人の意見としては、
野球部以外の生徒の問題を
同じ学校だからと言って、
野球部が責任を取る必要はないと思いますが、
野球部員の問題であった場合は、
1年生であれ、2年生であれ、
ベンチ入りしていない部員であれ、
レギュラーであれ、
部全体の問題として受け止めるべきだと思います。

息子の学校の野球部の監督さんは、
監督とは呼ばせず、先生と呼ばせると書きましたが、
それは、部活と言うのは、野球の技術だけを教えるわけではない。
野球というスポーツを通して、
普段の生活、勉強、学校生活に対する心構えを学び、
社会で通用する人間を作ることが一番の目標であり、
自分の仕事だと思うからだと。
だから、監督ではなく、先生と呼ばせるのだそうです。
(理想と、現実に多少、ギャップがあることもありますが・・・)

今回の○○高校の先生の談では、部活動以外の時間における行為云々・・・、
というコメントもあったようですが、
それはおかしいでしょう。

野球部の子が、野球部以外の子に何らかの被害を与えた時、
部としては責任を取らず、
部内の暴力が発覚すると、責任を取って、出場辞退だとか、
対外試合の自粛だとか・・・。

それじゃ、部外の子を殴った方が、部内の子を殴るより、
部として責任を取らなくてもいいという、変な事になる気がします。

それに、ベンチに入っていなければ、
部には関係ないという様にも感じます。
大体、学校と言うところは、ベンチに入った子だけを、
部員として認め、それ以外の子は、部員として認めてもらえないという
風潮があります。
甲子園に出るような学校は、大抵、部員数も多く、
ベンチ入りできない生徒がたくさんいると思いますが、
例えば、甲子園に出れたとしても、
脚光を浴びるのは、ベンチ入りする子だけ、
スタンド組は、ただの応援団にすぎません。

そんな扱いをするから、余計、
ベンチ入りできなかった子は、部という団体責任を忘れ、
勝手な行動を取るのではないですか。

今回の処置も、ある意味、事件を起こした子は、
部員としてすら、認めてもらっていないということの、
裏返しだと思います。

これが、もし、レギュラーや、ベンチ入りの子が起こした事件なら、
どうしたのでしょう。
(ま、ベンチに入るような子は、事件も起こさないでしょうが)
やっぱり、個人の問題だとして、その事件の当人だけをはずして、
甲子園には、出るのでしょうか。

団体でやるスポーツである限り、それは許されないと思います。
何もやっていない子にとっては、理不尽な制裁に感じるかもしれませんが、
団体、集団生活において学ぶことって、
そういう、理不尽さを体験したり、
そんなことにならないように、
みんなで、意識をあわせて切磋琢磨していくものなのではないでしょうか。
集団の中における自分の責任、みんなで負う連帯責任。
そういうものを感じて、
自分勝手な行動を、抑えられる人間に育っていくのだと思うのです。

今は、他人の事まで、何で自分がという子が多いもの、
団体責任ということを、経験していない子が多いからなのかな。

職場の様子を見ていても、最近つくづくそう感じます。
20代の職員が急に増えた仕事場では、
お互いを思いやって仕事をするという、雰囲気が感じられません。

自分が責任を負っている仕事でなかったら、
担当者がどんなに忙しくしていても、手伝わない。
平気で、次々仕事を回す。
やれることなら、自分がやっておきましょう、という気がない。
どうしても、仕事の内容に温度差が出来るから、
人間関係がギクシャクする。

年功序列なんて言葉も、彼らには関係ない。
年下だろうが、新米だろうが、自分の意見をまず、主張する。
ある意味、自分の意見を言えるという事は、
大切なことだけれど、
ある程度、遠慮とか、配慮といった物も、
大事なことだと思うのですが、
その考え方自体が、もう通用しない。

自分の失敗を自分で責任を取るということも下手で、
自分のせいで、人に迷惑をかけても、
やけにあっさりしている。

あー、オバサンには、とても堪えられないこの世の中。
そういう自分も、最近思いやりを持って、仕事をするということが
出来なくなってきている。
あんたがその態度なら、私も見習うわ!
目には目に状態。

染まりたくはないけれど、そうしていかなきゃ、やってらんない。
でも、連帯責任って言う言葉は、もう死語なんでしょうかねー。

本日の一曲No206:瀬戸内少年野球団
過去ばかり振り返っていては、いけないかもしれません。
でも、もう古いと言われる事の中には、見習わなければならない事もあるはずです。
新しい感覚ばかりが正しいわけじゃないと思うのです。
この映画のノスタルジックな感覚を今の子に体験せよ、と言っているわけではなく、
何か、やることが出来る、出来ることがあるだけでも、幸せを感じる。
生きているということを、もっと純粋に、喜びたいなー。
この映画を見ると、グレンミラーの演奏を思い出します。
私、小学校、5.6年生の頃、始めてグレンミラーの演奏を聴いて以来、
大好きです。
いわゆる、スウィングってやつですか・・・


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