本日の一曲No426:追想~アナスタシア

花火大会なのに・・・。

今晩は、花火大会に便乗して、毎年行なわれる、
息子の高校野球のメンバーの親で集まるバーベキュー大会でした。

去年、その前と欠席だったので、
今年は、久しぶりに皆さんと話が出来ると思いましたが、
生憎、娘の病院への送り迎えがあって、
肝心の花火が始まる頃には帰ってきました。
でも、帰ってくる途中から振り出した雨が、今、ドシャ降り。
雷まで鳴って、ひどい天気です。

昼過ぎから、準備を手伝って、バーベキューそのものはおいしくいただき、
それなりに話も出来ました。
夏の甲子園予選が終わった頃、こうして、息子たちの事を思い出しながら、
話がはずみます。
あの年は、早稲田の斎藤くんと、駒大苫小牧のマー君が活躍し、
延長戦や、大逆転劇など、甲子園が湧きに沸いた年でした。

息子たちは、県大会3位で終わりましたが、
3年生18人のうち、14人がベンチいりという、
この学校としては珍しく、3年生のベンチ入りが多かった。
スタンド組も4人しかいなかった事もあり、子供も、親も、まとまっていました。
おかげで、こうして、親同士も(親の方が)
今でも、毎年2.3回は飲み会をやって、親交を続けています。

今日も、だいたい半分、子供も合わせて30人ぐらいが集まりワイワイと。
今年の県予選のTVの録画など見たり・・・。
でも、何年たっても、やはり、ベンチ入りした子と、
そうではなかった(家の様に)子とでは、画面を見ている視点が違ってしまう。
口には出しませんが、私などは、どうしても、
スタンドで応援している生徒が目についてしまう。
太鼓を鳴らし、声を出し、メガホンをいくら叩いても、
ベンチに入れなかった3年生には、
何の栄誉もありはしません。
テレビの放送や新聞の記事に、
彼らのような存在を取り上げてくれる事もありますが、
甲子園という祭りが終わり、現実の世界が戻ってくると、
そこに残るのは・・・。

学校により、部活動の成績に対する評価の仕方は色々あると思いますが、
息子の行っていた高校は、公立の進学校。
卒業式では、県大会ベスト4に入った部活は表彰されます。
しかし、式次第に名前が載るのはベンチ入りした生徒だけ。
式の中で野球部と言われても、ベンチに入れなかった4人は、起立する事もできない。
たまたま、息子は、皆勤賞でその場で一緒に立っていましたが、
部活表彰で、「野球部」と言われても、野球部員として一緒に礼をする事すら許されない。
周りに立っている仲間が一礼する姿を、どんな思いで見ていたか。

私には、卒業式ではきっと嫌な思いをするだけだから、
来ない方がいいよ、と言っていた息子。
だからこそ、主人と二人、卒業式を見に行きました。
3年間、部活に勉強に、一生懸命生活してきた事に、
誇りを持って卒業して欲しかったから。
下を向くなと、真っ直ぐ前を見て、胸を張って卒業しろと、
野球部員として一礼する事なく、
その場に立つ息子の後姿を睨むように見つめていました。

今年、春の県大会も、夏の県大会もベスト4。
それを聞いたとき、
あー、又、息子と同じ思いをする子が、いるんだなと。
ベスト4を喜ぶよりも、そちらの事を思い浮かべてしまいました。

個人競技と違い、野球は、レギュラーやベンチに入る20人だけで練習出来るわけではありません。
けれど、
バッティングピッチャーで肩を痛めるほど投げても、
守備練習に、走者をやっても、
グランド整備や、道具の手入れをやったとしても、
野球部員として、認めてもらえない。
それは、その立場になった者にしかわからない哀しみがあります。

「つらい」とか「悔しい」とか言ってくれれば、まだ、
ガンバレ、跳ね返せといえるのですが、
「何だか、哀しいね」
と、ボソッと言われると、返す言葉がありませんでした。

野球部として名前も載らないから、
知っている人からは、止めてたの?
と言われるし、言われなくても、そう思っている人のほうが多いでしょうね。
最後まで頑張ったよ!
と、声を大にして叫びたかった。

いちいち、ベンチ入りの生徒だけが載ってるんですよ、
なんて、書いてありませんから。
ベンチに入れる入れない、
それは、実力が足りなかっただけの事。
何の言い訳もありません。
唯、一生懸命練習してきた3年間の部活動を認めてもらえなかった事、
部員として扱ってもらえない事が、
ほんと、哀しかった。

今でも、ベンチ入りした14人の親たちとも、仲良くしてもらっていますが、
学校や、監督だった先生に対する思いは、一緒にはなりません。
私たちがそのとき、どんな思いだったか、
今はどう思っているか、わかってもらおうとは思いません。
でも、知っていて欲しい、という思いはあります。
栄光の陰で、黙って去るしかなかった者がいる事を。

卒業してから知りました。
監督に、、息子の事を、
「ずる賢いヤツだ。」
「どうしたら楽できるか、考えて動くヤツだ。」
「そんなヤツに背番号なんてとんでもない!」
と言わしめた直接の出来事が、監督の誤解だったという事を。

今更、どうしようもない、事実です・・・。

本日の一曲No426:追想~アナスタジア
1956年のアメリカ映画です。
主演は、気品漂うイングリッド・バーグマンと西部劇の印象が強いユル・ブリナー。
音楽は、アルフレッド・ニューマンです。
彼のスコアらしく、アメリカ映画だけれど、部隊がヨーロッパということもあり、
曲調がヨーロピアン。
ストリングスのもの哀しいスコアが、スリリングな展開と、
波乱にもて遊ばれる女性の心理を思わせます。
思いでは、楽しいものばかりとは限りません。
だからこそ、いろんな経験が、
人を優しくもし、強くもするのでしょうね。




追想 [DVD]
20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン
2006-08-18

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この記事へのコメント

NIMA
2009年08月02日 07:13
この記事を読んで涙ぐんでし
まいました。

うちの子はサッカー部でレギュ
ラーにこそなれませんでしたが
それなりに試合に参加して満足
しているようなので、同じ高校
生のクラブでここまで明暗がわ
かれてしまうということにショ
ックでした。どれほどがんばって
もスポーツは結果がすべて、努力
が報われるとは限りません。でも
いくら結果が出せず、周りから評
価を得られなくても、自分が好き
でやってきたという気持ちと練習
を続けてきた事実は誰も曲げるこ
とはできないし尊いものだと思い
ます。こうした経験はきっとどこ
かで役に立つと信じています。
2009年08月02日 17:55
NIMA様、コメントありがとうございました。
あーっと、愚痴っぽい記事ですみませんでした。
でも、晴れやかな表舞台を目にするこの次期になると、どうしても思い出してしまうんですよね。
息子は純粋に、後輩たちのガンバリを応援し、喜んでいるというのに、駄目な親です。
彼にとっては、高校野球は最高の青春時代。
共に汗を流し、慰めあった?励ましあった、
真の友達が出来たから。
今でも、いやー死ぬまでずっと、特別な仲間なのだと思います。だから、あの学校で野球をする事を選んだ事を、本人も私たち親も後悔はしていません。
唯、監督の「ずる賢い、楽するように考えるやつ」
という言葉を聞いたときは、信じられなくて、
数週間毎晩、泣いてました。
その頃は主人は単身赴任でいなかったし、息子にその事は言えなくて・・・。
監督の誤解に気付いてやれず、何もしてやることなく、終わってしまった事を悔いました。
今でも、監督さんの顔を見、話をする機会があったら、その時の事実を言って、ケンカしてしまいそうで、返って近づけません。
というか、家族が近づかせてくれません(あは!)

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