本日の一曲No546:オーストラリア~Sarah Begs For Nullah

演劇アカデミー第23.24回・・・。

一瞬間、お盆休みがあり、再会された講座の内容は、演出。
脚本家、演出家、舞台監督・・・。
このあたりの線引きは一概にこうとは言えないものがあるようですが、
今回の講義で、演出とは、どういう事をし、
演出家とはどういう役割で、という大まかなことはすこしだけわかった気がします。

しかし、わかってくると返ってわからなくなってくる、
といいますか、難しさが見えてくるようで・・・。

先ず、一回目の講義のときに、
演出家とは影の存在で、光が当たるのは、常に役者だと言われました。
舞台を見終わったお客様が、あの演出は良かったねでは駄目で、
いかに、役者を輝かせるか、作品を輝かせるかが、
演出家の仕事であって、演出そのものが評価されても意味がないという事らしい。
演出家は、忍耐の職業で、
目の前の役者を、どんな人にも面白いところがあるはずだと思って見つめ、
その人のいいところを引き出せるような演出を考える。
演出家と役者の思いを擦り合わせていく事が大事で、
その工程が上手くいったお芝居は、大抵、成功する。
意思の疎通が出来ていないで演じても、そこには超目的は表現されない。
芝居の練習が始まる一番最初に、その超目的、
この芝居で表現したいことは何なのかを、提示し、その方向に纏め上げていくのが
演出家の仕事。
といったような事でした。

お話を聞く前、演出に興味がある人、もしくはやってみたいと思う人。
と聞かれ、手を上げてしまいました。
講義の後、実践という事で、ペラ1枚ほどの短い台本を渡され、
班に分かれて劇を作るという事になり、手を上げた人は前へ出るように言われました。
”しまった”
と思い、そのまま知らん振りしていようかとも思いましたが、
勇気を出して、出て行きました。
その日の出席者が22名。
演出家になる人が7名で、3名の班が7個。
出演者2名、セリフが全部で6個というとても短いシチュエーションを、
長い戯曲の一部ではなく、その部分だけで、完結と言う戯曲にして欲しいとのことでした。
同じ班に
現在劇団に所属しているろいうプロの方がいらしたので、
ほとんど、その方のアイデアに頼りっぱなし状態でした。
でも、自分でこういうシチュエーションで、と意見を言えた部分もあったので、
ま、いいかって。
でも、そのプロの方にしてみれば、物足りない感じだったのでしょうね。
一番いけないのは、意見を出されると、
みんな受け入れてしまっている自分がいて、
そこから、じゃ、こうしようとか、それよりもっと・・・
とかいう進展を考え付かなかったこと。
お互いの気持ちを擦り合わせると言うところまで出来なかったこと。
でもね、全く素人のおばさんが、
いきなり、照明から、配置を考えて、
ト書きは無視していいって言うところが又、難しかったのですが、
セリフ以外は、どう変えてもよいわけで、返ってアイデア、センスのなさに
気がつきました。
やってみたいと言う思いは達成できましたが、
暴挙に走っていたという事も良くわかりました。
これが同じ台本か?と思うほど、
7つとも全く違う展開の劇に。
演出のおもしろさと、難しさを実感しました。

そして2回目。
今度はペラ3枚ほどの台本。
題だけは「わかれ」
と決まっていますが、今回も、
セリフと、使う音楽と、出演者が男、女、店員の三人、最後はどんな形にしろ別れるという事意外は、
変えてもOK。
今回は、演出志望者が減り、みんな昨日で懲りたかと・・・。
私の場合、懲りたと言うより、身の程を知ったと言う感じ。
役者として、一つのグループへ入れてもらいました。

先生の話が終わって、では、始めてくださいと言われたときには、
もう既に、演出さんの頭の中には、場面や人物設定が出来ていて、
集まるなり、こういう男性とこういう女性で・・・。
と、一通りの設定を教えられました。
彼女は私が演技を出来ない事をわかっていて、
一番出番も少なく、劇に大した影響のない、喫茶店の店員に配役してくれました。
男性は、実は、このアカデミーにあって、不思議な存在の男性でした。

発表のとき、最後のセリフで、ちょっとだけオーバーにやって
(演出家の彼女には、大げさになり過ぎないように言われていました)
見ている皆さんが、笑ってくれました。
反応があっただけでも、良かったと思いましたが、
本当は、演出の意図とは違うわけで、それはいけない演技だったはず。

今回は、いろいろ学ぶことの多い講義でした。

1.自分はもう、記憶力がへばってきている。
(4つしかないセリフが覚えられない)

2.自分は、決して起用ではない。
(二つの事を同時に出来ない)

3.演出家とは、影の存在でなければいけない

4.時間に弱い
(即興は、駄目である。一晩考えると、まだアイデアらしきものも浮かんで・・消える)

5.演技が上手いからといって、演出ができるとは限らない。

6.自分の意見には自信を持て。ただし、人の意見もちゃんと聞け。

7.演出とは、おもしろい。

本日の一曲No546:オーストラリア~Sarah Begs For Nullah
2008年のオーストラリア映画。
音楽は、デヴィッド・ハーシュフェルダー。
この曲は、サラが桟橋でナラを見送るシーンで流れます。
適役のニールが、サラを残していう言葉。
”pride is not power”
プライドなんて、何の力にもなりゃしない。
苦労し、己の力で生き抜いてきた者にはわかる秩序。
美しく流れるストリングスのスコアと、美しい青い海。
静かに呟かれるその言葉には、妙に力があったように思います。
何度か繰り返されるこの言葉が、この映画の中で一番心に響いた言葉でした。

この言葉、演劇にも通じるものがあるように感じました。
実力の世界というのでしょうか。
こうしてくれと指示を出す力のある人。こうするのはどうだろうと提案できる力のある人。
出された要求にこたえる力のある人。
それぞれの力が合わさって、相乗効果が生まれ、1+1=∞の世界に発展する。
アカデミーでは、ここところ、
何をやっても、同じ人たちが先頭に立ち、牽引車の役を演じている。
私などは、はっきり言って、何でここにいるの?
と思われるほどの、存在。
やっかい者と言われても仕方がないほど。
でも、だからこそ、一生懸命講義も聴き、
覚束ない記憶力と闘いながら、覚えようと努力もする。
意見もろくに聞いてもらえないような、そんな存在のままでいいのか?
それでいいのだろうかと、力のない私にも疑問が生まれてきた。
よくよく現実を見てみると、
結局のところ、現役の役者、学生演劇、など、
経験者は2/3を越える。
しかし、初めてという人たちが、確実に力をつけつつある。
(私は・・・なんとも言えませんが)
いい物を作るため、頑張るところは頑張ってみたいと思う。
面白くないものは、おもしろくないと、言っていい世界なのだと思う。
昨日感じた、なんともいえない感覚。
頼りにはならないかもしれないけれど、
お荷物にはなるつもりはない。
あの他人には出来なくても、自分には出来るものがきっとあるはず。
演技は出来ない。
それは、悲しいけれど、事実です。
だけど、・・・。
何だか、変なところで闘志に火がついた瞬間でもありました。




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