本日の一曲No552:チャタレイ夫人の恋人

演劇アカデミー第29.30.31回・・・。

今回の講義は「テキストから何を読み取るか」というテーマで、
現役の女優さんであり、ストーリーテラーである方から学びました。

白髪のショートヘアの初老の女性。
素顔に近いメークにシンプルないでたち。
ぱっと見、その辺のおばさんという感じ。
ところが、一旦声を出し、講義を始めると人が変わった。
難しいことを押し付けるわけではない。
とても優しく教えてくれる。
けれども感じる凄味、惹きつけつる力。
おーー!!プロだ!

何気なく言われる言葉の中に、いくつもの教訓。
・状況に対応できる体と心にすること
  (受け入れ反応する柔軟性)
・芯はしっかりと、中は空に
  (自分で動こうとはしない)
・細かい部分に神経を行き届かせる
  (ブレがなくなる)
・読む前に考える
  (声を出す技術以前に、文意を読み取る力)
・目的にあった話し方
  (伝えるということ)
・古文と現代文の発声の違い
  (語尾の発声が全く逆)
・声楽の発声とセリフの発声の違い
  (唇を動かすのか口の中を動かすのか)
・句読点を単純に拍数で考えてはいけない
  (同じ「、」でも長さは違う)

1回の講義で、覚えているだけでもこれだけありました。
特に面白かったのは、古文と現代文の読み方の違いと、
声楽とセリフの発声の違いについて。

現代文では、語尾が下がる、小さくなる読み方になるが、
古文では、抑揚を押さえ、語尾も同じもしくは、返って強く発声する。
その方が、文意がはっきりと伝わる。
大きく息を吐き切ることで、息継ぎもスムーズになり、
リズムが生まれる、という。
意外だったのが、歌う場合との発声の差。
ある生徒のせりふを聞いた先生が、
「あなた、学校で合唱部?」
と聞かれました。
その子は、そうですと。
歌の場合、口を大きく動かして発声しますが、
日本語と言うのは、口を大きく動かさない言語。
だから、唇を大きく動かして話すと伝わってこない。
現代劇の勢いにまかせて進んでいくようなものなら、
まだいいかもしれないけれど、
日本人特有の情感を伝えようと思ったら、そういう発声法でやらないと、
伝わらない。
だからといって、もそもそしゃべっても駄目。
例として、お能のことを話されましたが、
面をつけ、細い口元からはっきりと声を通すには、
唇は殆んど動かさずに、口の中を大きく動かすことだとか。
講義の間に、いろいろと実演してくださいましたが、たしかに言われるとおり、
口の動かし方で聞こえ方が随分と違います。

その日は、アカデミーの中では普段から目立っていた経験者の人たちが、
次々に台本を読みましたが、先生はその度に色々な指摘をし、
ヒントをくれます。
今までは凄いうまいなーと思っていた人たちの読み方が、
途端に拙く聞こえました。
発声の技術と、伝えるという事の大きな違いを痛感です。
さっき言った合唱部の女の子。
今まで、その子のセリフを聞いて、何故か違和感があったのですが、
その理由もわかりました。
そして、セリフを言うとき、
技術よりも、いかにその文章の伝えたい事を読み取っているか。
その事がいかに大切であるか。
今まで上手いと思っていた人ほど、自分のスタイルを持っていて、
いざ、直そうとしても中々直らないと言うのも事実で、
スポーツでも何でもそうですが、
変な癖がつかないうちに、初めの訓練がいかに大切かという事。

そして、私が一番共感したのが、句読点の読み方。
同じ記号でも、その点の持つ長さは夫々違うという事。
数年前ですが、テレビアニメで物凄く心にグサッと来たシーンがあって、
その時のセリフの間とか、ニュアンスが絶妙で、
文字にするとどうなるのか、実際どんな台本があって、
そう読まれたのか、とても気になったことがあった事を思い出しました。

二日目の講義でもいろいろと・・・。

・自分の体の先端を限界だと思ってはいけない。
  (その先に大きな空間をまとっている)
・動こうとするとき、常にその反対方向から引っ張る力を感じる事。
  
・息を吐きながら前進、座る。吸いながら後退、立つ。

・目からの情報は脳にいく。耳からの情報は心に伝わる。
  (世界で一番遠いのは、脳と心である)

・体で感じたことは、思いもよらない事から思い出す。

三日目の講義から・・・。

この日は自分が持ってきた本の一節を読み、
講師の先生がアドバイスをくれるというものでした。
20人近くいる生徒の読みを3分ぐらいずつ聞いては、
全員にコメントを言ってくださいました。
自己申告制のため、やはりいつものメンバーからの順番に。
暗黙の了解のようになっているこの雰囲気。
表現するということを学んでいるわけですから、積極的に行かなくては
何も始まらない世界。
しかし、芸能界の厳しい競争社会の縮図を見ているようで、
それ自体を楽しんでしまえば違う面白さを発見できる空間ですが、
その事に嫌悪感を抱いてしまうと、どうしようもなく落ち込んでしまいそう。
みんなの気持ちがどんどんバラけていっているのを感じるだけに、
あと半月の講義ですが、無事に終わると言いのですが。

さて、実際に読んでみると、新たな驚き。
みんな何て下手なの(偉そうにすみません)
単純に聞き手としてその場にいて、伝わってくるものが何もない。
自己申告制なので、例によっていつものメンバーが率先して先に読みました。
発声とか読み方とか、しっかり出来ている人たちだと思っていただけに、
その内容に唖然、ある意味がっかり。
気持ちとか情景とかが伝わらないというレベルではなく、
話の内容、筋、場所、というハード的なことが聞き取れない。
でも、その理由がわからない。
先生はたった数分の中で何故そうなのか、
こうすればもっと良くなるという事を、読み手の技量に合わせてコメントしてくださいます。

・場面を漠然と創造するのではなく、頭の中にでもいいから、
はっきりと絵コンテを書いてみる、それから読む。
・人物の息を使い分ける。
・言いたい事を把握して読む
・登場人物の感情の違いをはっきりと出す
・体を場面に合わせて(寝転がったり、)読んでみる
・誰に話しかけているセリフなのか考える
・ジャンルをはっきりさせる(コメディーなのかシリアスなのか)
・言葉を感情で動かさない
・空想のセリフと実際にしゃべているセリフでは違う
・区切りを間違えてはいけない
・全編、前後を理解した上で、その一節をよむ
・異文化、宗教など哲学的な内容を扱ったものは、
一つ一つわからない事を確認しながら時間をかけてよむ
・自分が内容をはっきりわかっていないと、相手には何をいっているのかわからない

などなど、解説を聞くと、何故伝わってこないのかが良くわかりました。
だからといって、すぐにできるわけではありませんが。



本日の一曲No552:チャタレイ夫人の恋人
1995年のイギリス映画。このときは2回目の映画化。
主演にショーン・ビーンということでこの映画を選びましたが、
そのあとに作られた3作目が原作により忠実で評判が高いようです。
音楽は、ジャン=クロード・プティ。
古典ロマン派?の映画の曲をたくさん手がけています。
2回目の講義のとき、この中の一節がテキストとして使われました。
ポルノ性ばかりが強調されている不幸な作品だといわれました。
本来の趣旨は、上流社会と下級層との確執の中で、
自由とか、自我の開放とか、もっと精神的な事がたくさん盛り込まれた
作品だとか。一度全編を読んでみたいと思います。
しかし、高校生もいる受講生に、あのテキストとは、
先生、大胆です。


チャタレー夫人の恋人 (ちくま文庫)
筑摩書房
D・H ロレンス

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