本日のNo727:グランドフィナーレ~シンプル・ソング#3

一人の人生が終わったとき・・・。

ここの処、人は何のために生きて、どう思って死んでいくのかと考えることが多くなった。
主人は定年を迎え、一区切りがついた。
再雇用で収入以外はほとんど今までと変わらない生活だが何かが違う気がする。
私も50代に入り、そろそろこれからの生き方を考えるラストチャンス。
今までは会社員の主人を支えると言えば聞こえばいいが、
おんぶに抱っこ状態で生きてきた。
それは、経済面もだが、精神的にそうだった気がする。
これからは自分で生きたい方法を見つけたいと思う。
仕事も今までもパートでできる限り働いてきたが、
これからは賃金のことだけではなく、自分がやりがいのある仕事をしたいと思う。
職場は相変わらずバタバタしているが、
仕事もパート仲間も好きだ。
でも、このままここに残るのか、新しい道を選ぶのか、考え時である。

そんな時、主人の父が91歳で永眠した。
7月ごろから医者からは後1年。
心臓に大動脈溜が見つかって、いつ破裂するかわからないから、
それはもしかしたら明日かもしれないとは言われていた。
が、結局は肺炎で亡くなった。
病院に運ばれてから集中治療室で看護を受け、
主人も仕事を休んで付き添いに行ったりしていたが、
容体が良くなり、一旦帰ってきた矢先、心臓が止まったと連絡があった。
すぐに車に飛び乗り向かったが、途中、息を引き取ったと連絡が入った。
月曜日に入院し、木曜日には一度見舞いに行って顔を見た。
眠っておられたが、お義兄さんが声をかけると一瞬うっすらと目を開けた。
見えたかどうかわからないが、それが最後だった。
入院するまで元気に歩き、おむつもせずに自分でトイレに行き風呂に入ってと、
生活していたという。
ただ、7月に心臓の病気がわかってからは畑も草取りもさせてもらえず、
家の中に居るだけ、働き者の義父にとっては辛かったかもしれない。
私たちの知らないところで、救急車に運ばれたり、自転車でこけてけがをしたり、
いろいろあったようだが、それでも自分で生きてきた人だ。
私たちの息子に来年赤ちゃんが生まれる予定で、
その知らせで生きることに希望を見つけてくれるかと思ったが、
そんなにうまく事は運ばない。
義父が入院した日に、生まれてくるのは男の子だとわかったが、
容体が良くなったので、本人たちから言った方が喜ぶだろうと教えなかった。
そして、突然の悪化。
待っていたはずの跡取りが出来たことを知らせることは出来なかった。

義父とは不思議な縁で、実は私が幼いころから見知っている。
田舎の田植え稲刈りには親戚中が集まって助け合うのだが、親戚筋にあたるせいで
毎年、その時になると会っていたのだ。
だから、ただの義理のお父さんという関係ではなかった。
その後いろいろあって疎遠になっていたが、3年ほど前には無言の和解をして
私も盆正ぐらいは顔を出すようになった。
無口でこれといって話をする方ではなかったが、
関係が良くなったことをほっとしていらっしゃると思っている。
私が出来た唯一の親孝行は、こんな事だけ。

真面目一筋、旧国鉄を定年まで働き、その後は死ぬまで農業。
頑固で一緒に暮らしていた義理の兄たちは大変なことも多かったようだが、
私たちには穏やかな人でした。
どうぞ、ゆっくり安らかに。

本日のNo727:グランドフィナーレ~シンプル・ソング#3
2015年、 イタリア/フランス/スイス/イギリス合作の映画です。
音楽はデヴィッド・ラング。
クラッシックの曲がたくさん流れる映画です。
その中でこの曲は、最後に歌われる曲ですが、作品のストーリーの幹になる大切な曲です。
それだけにラスト、期待して聞き始めましたが、とても素晴らしい曲でした。
映画の中の主題歌として、久しぶりに映画に一体化してしかも素晴らしい曲に巡り合えた気がしました。
歌っているのはスミ・ジョーという女性。
東洋系の方のようですが、涙が出そうになる歌でした。
いつもの映画館、この日も観客は私ひとりでしたが、この曲はたくさんの人に聞いてほしいな。




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