本日の一曲No19:大砂塵~ジャニーギター

薄着・エピソード2・・・
昨日は、娘の薄着伝説について色々書いたが、今日は、息子の話を少し。
娘と違って、彼は元々寒さには強かったのです。というか、本人も私も、強いと思っていたのです。小さい頃から薄着だったことに間違いはないのですが、それは幼稚園の時のことでした。
10月になるとお決まりの衣替えがやってきます。でも、今は昔と違い、必ずこの日からと言うわけではなく、移行期間という都合のいいものがあり、暑がりサンは夏服で登園しても良かったのです。そして移行期間も終わりを告げ、冬服の季節になったのですが、園で決まっている体操服なら上着を着ていかなくてもいいと言うことで、息子は半袖の体操シャツで行き続けたのでした。そして、その日は突然やってきました。1月の半ば過ぎ、いつもより冷え込んだ寒い朝、彼は寒さを我慢できずに上着を着ていくことにしたのです。そして、その時、どうして今まで寒さを我慢してでも上着を着ていかなかったのか、理由の一つがわかったのです。
息子は、左利きなのですが、上着のボタンがうまくはめられなかったのです。大きなボタンがたったのふたつ、その二つのボタンをするのがいやで、毎日寒いのを我慢して出かけていたらしいのです。幼稚園に着くまで、いつもより一枚多く着ているのに、寒い寒いと言いながら幼稚園に歩いていきましたが、先生の前まで行った途端、ワンワン泣き出したのです。
「今日は寒かったもんね」と先生に慰めてもらって、手を温めてもらいながら、教室へ連れて行ってもらった後姿を今でも思い出します。今思うと、彼の場合、寒さに強かったのではなく、寒いという感覚がわからなかった?のではないかと。自分の中の限界点までは、寒さを感じないのですが、その点を越えた途端、我慢できない寒さを急に感じるという、特異改質だったのでは?っと思ったりもしたのです。
その頃の写真を見ると、クリスマス会も、お餅つきもいつも半袖で写真に写っているので、季節が良くわからないのですが、周りの子を見て、やっぱり冬だったよなーと納得するのでした。その後も、やはり薄着が多く、2年生のときは1年間半袖でした。その年、ちょうど、長野オリンピックが開催され、ボブスレー競技を見に行ったのですが、途中で防寒コートを脱いでしまって、雪の積もった中を半袖で歩いていたので、周りを歩いていく外国の人たちにチラチラ見られたこともありました。
息子はその後、野球を始めて、長ズボンや上着がどれだけ暖かいかという事を知り、それ以来、普通の感覚になりました。今では、普通に寒がりさんしていますが、大学を選んだ時の理由の一つに、暑いところは嫌だからというのがあり、小さかった頃の片鱗をみせたのです。
そして、この4月から、東北は仙台に住んでいます。でも、彼は忘れていたのです。
夏は確かに暑くはありませんが、その分冬が寒いことを・・・。

本日の一曲:大砂塵~ジャニーギター
西部劇というと暑い真夏のイメージ、マカロニウエスタンというと、風ふく秋のイメージがあるのは、私だけ?
大砂塵は西部劇なのですが、この曲、ジャニーギターはペギー・リーの歌声もギターの音色も、秋を感じさせるのです。







大砂塵

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